自分だけど、自分じゃない姿で。
VRCの良さを語る
私、シャイメイ理は、まあ、とにかく人と一緒に居るのが苦痛な人でして。
人の目も気になるし、家から出るのもめんどくさいので、基本的には出たくない人なんです。
何でかは自分でもよく分からないけど、楽しみにしていた予定でも当日とか前日になると物凄く嫌になってしまうことがあって。
好きなバンドのライブもチケットまで取ったのに、結局行かなかったりしました。
別に楽しみじゃなかったわけではないんですよね。
むしろ凄く楽しみだった。
でも当日になると、なんだか「もう良いかな」ってなって、外に出て移動して、人がたくさん居る場所まで行くこと自体が急にめんどくさくなってしまう。
そうやってライブは2回くらい飛ばしたな〜って。
という前置きなんですが、
ほぼ100%の状態で居られる場所が
VRCなんですよね。
現在はBOOTHでショップをしていて、そこから収益も出るようになって、仕事も少しずつ在宅の方へ移行しています。
ライブもVRCのイベントでその肌感みたいなものを体験できるし、写真も撮れるし、人とのコミュニケーションも取れる。
何か作りたければ自分で作ることも出来る。
気づいたら、現実の自分ではなかなか出来なかったこととか、やろうとしても出来なかったことが、VRCではかなり叶ってるんですよね。
人と目を合わせなくてもいいし、無理に笑わなくてもいい。
今日はちょっと人と居るのがしんどいなと思ったら離れてもいいし、嫌なら居場所を変えることも出来る。
何か作りたければ作ればいい。
誰かと話したければ話せばいいし、一人で居たければ一人でもいい。
自分の生き方で、自分のペースで居られる。
私にとってVRCって、そういう居場所なんです。
話は戻るんですが、ライブっていう部分で。
結構前の話なんですけど、VRCでマリシアの森さんのライブ回みたいなのがあって、それを見たことがあるんですよね。
その時に、なんというか、
「人って凄いな」
って思ったんです。
人が作ったものがあって、その場所自体も誰かが作っていて、そこに人が集まって、同じものを見たり聞いたりしている。
それを自分もその場所に居ながら体感出来る。
その時、VRCって凄いなって改めて感じました。
文章にすると本当にこれだけなんですけど、実際にその場で感じたものってもう少し違うんですよね。
上手く言葉に出来ないというか。
感動した、とか、没入感が凄かった、とか、そういう言葉だけでは何か違って。
文章や言葉に明確に出せないような感覚を、その時に得たんですよね。
だから今でも覚えています。
そういう経験をして思うのが、VRCって「体感してみたかったこと」とか「してみたかったこと」が叶っちゃう場所なんじゃないかなって。
例えば、現実では自由に歩くことが難しい人でも、VRCの中では自分から人のところへ近づいて話しかけることが出来るし、一緒にどこかへ行くことも出来る。
現実では難しかったことが、その世界では普通に出来ることになる。
もちろん、どうしても現実っていうのはあるし、VRCだけですべてがどうにかなるって話ではないです。
でも、そこから一歩違う世界に行けば、
自分じゃない姿なんだけど、その姿で長く過ごしたり、人と関わったり、色んな経験をしていくうちに、むしろその姿が自分のアイデンティティになっていくこともあると思うんですよね。
現実の自分では出来なかったことが出来たり、現実では出せなかった自分が自然に出てきたりする。
そうなってくると、どっちが本当の自分なんだろうっていうより、
そこで居る自分もちゃんと自分なんだと思うんです。
自分だけど自分じゃない姿で居ることが、逆に一番自分らしく居られることもある。
VRCって、本当の自分として生きていける場所にもなれるのかな、と私は思ったりしています。
私はVRCにまだまだ可能性があると思っています。
今あるものだけでも凄いけど、まだ誰も見つけていない使い方とか、まだ形になっていない体験とか、そういうものがこれから先にもたくさんあると思うんですよね。
私はそういう、まだ見ぬ可能性を見つけたいし、それを自分でも具現化してみたい。
そして自分自身も、
この場所でこれから生きていきたいと思っています。
AMORPHOUS JOURNAL / METAVERSE
